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特別寄稿:近畿大学医学部堺病院眼科 中尾雄三教授

視神経炎

 眼球内の網膜に映った像は視神経の中を通って脳内に入り、脳の後方の部分(後頭葉)に到着して映像として認識されます。何らかの原因で視神経の部分に炎症を起こし、見えにくくなるのが視神経炎です(図1)。視神経炎になった時の症状と所見を表1に示します。視力低下だけではなく、視野の中央が暗い、色がはっきりしない、眼を動かすと痛いなどいろいろな症状があります。これらの症状や所見は視神経炎以外の眼の病気でも起こりますが、視神経炎だけにみられるのは中心フリッカー値(CFF)の低下と瞳孔の対光反応異常です。

表1.視神経炎の症状と所見
 視力低下  急に(2~3日以内に)、重症(0.1以下に)
 中心暗点  視野の真中が暗くて、見えにくい
 色覚異常  色が判りにくい(特に赤と緑)
 中心CFF値低下  チラツキが判りにくい(35Hz未満)
 瞳孔異常  瞳孔の対光反応の障害がある
 眼底異常  視神経乳頭の浮腫・萎縮・(異常なし)
 眼球後部痛  眼を動かすと奥の方が痛い

多発性硬化症と視神経脊髄炎

 多発性硬化症(Multiple sclerosis=MS)は脳(大脳・小脳・脳幹)や脊髄、視神経のいろいろな部分に、何度も繰り返して脱髄や炎症を発生する病気で、運動障害や感覚障害、見えにくさ(=視神経炎)を起こします。よく似た病気で、主に視神経と脊髄に限って炎症を発生するのは視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica=NMO)と呼ばれています。MSで視神経炎と脊髄炎を繰り返すタイプ(視神経脊髄型MS=OSMS)とNMOの区別は難しかったのですが、NMOに自己抗体(NMO-IgGまたは抗アクアポリンAquaporin4抗体=抗AQP4抗体)が発見されてから、MSとNMOの病気の仕組み、特に免疫システムが全く違うことが明らかとなりました。

抗AQP4抗体陽性視神経炎

 NMOの視神経炎は抗AQP4抗体陽性視神経炎とも呼ばれ、MSの視神経炎とは区別されています。今まで視神経炎の分類としては①原因不明で(おそらくウイルス感染?)1回きりで再発のない特発性視神経炎と、②MSの視神経炎が知られていましたが、今回③抗AQP4抗体陽性視神経炎が3番目に新たに加わりました(表2)。

 視神経炎の症状と所見は①②③とも同じで、発症時には区別はできません。発生の割合(近畿大学医学部堺病院眼科例から)は、特発性視神経炎が65%、多発性硬化症の視神経炎が25%、抗AQP4抗体陽性視神経炎が10%ではないかと推測されます。

表2.視神経炎
 特発性(原因不明)の視神経炎 一度の視神経炎だけ
 多発性硬化症の視神経炎  再発を繰り返す
 他の神経症状を合併する
 視神経脊髄炎の視神経炎  再発・重症・視神経萎縮
 長い脊髄病変
 =抗AQP4抗体陽性視神経炎
 抗AQP4抗体陽性視神経炎例で発症状況を検討しますと、NMOで視神経炎を先に発症したものが57%、まだ視神経炎のみが14%で、合わせて71%は原因不明の初発の視神経炎(脊髄炎なし)として眼科を初診しています。初発の視神経炎の時から(脊髄炎がなくても)抗AQP4抗体の有無を念頭に置く必要があります。

 抗AQP4抗体陽性視神経炎の特徴(表3)はステロイドパルス治療の効果が少なくて、視力の回復が得られないまま失明するケースが多いことです(特発性視神経炎やMSの視神経炎ではステロイドパルス治療が効いて視力が良く回復するのに!)。しかし、抗AQP4抗体陽性視神経炎でステロイドパルス治療の効果がない場合に、早期に血漿交換治療を行えば視力が回復することが判りました。血漿交換治療は血液中の血球成分だけを残して抗AQP4抗体を含む血漿を全て捨て去り、新たな血漿やアルブミンと入れ換える方法です。つまり、抗AQP4抗体陽性視神経炎ではステロイドパルス治療で炎症を抑えるだけでは病態は解決しないため、血液中を動き回って悪いことをしている抗AQP4抗体とその関連物質(サイトカイン)を血漿交換で除去する必要があるのです。
表3.抗AQP4抗体陽性視神経炎の特徴
 発症は女性に多く、比較的高い年齢
 中心暗点の他に、両耳側半盲・非協調性同名半盲・水平半盲も
 再発回数が多く、視機能予後不良(視神経萎縮)例が多い
 重症脊髄炎(3椎体以上)の発症
 抗AQP4抗体が陽性
 他の自己抗体の証明
 発症時の治療はまずステロイドパルス、無効なら血漿交換を
 再発予防はステロイド内服and/or免疫抑制薬を維持で

 そしてもう一つ大事なことは、この血漿交換治療で一旦、視神経炎が改善しても、抗AQP4抗体を作り出す免疫システムが体内に存在するために、血漿交換後に何もしなければ再び抗AQP4抗体は増加し、視神経炎を再発してしまいます。つまり、血漿交換治療は急性発症期での緊急避難的治療のレスキューにすぎず、次に抗AQP4抗体を作り出さないようにステロイドや免疫抑制薬(アザチオプリン、タクロリムス、シクロスポリン、シクロフォスファミド、メトトレキサートなど)を継続的に使用して行きます(表4)。


表4.抗AQP4抗体陽性視神経炎の治療
 発症(再発)・急性期

寛解・慢性期
 消炎:ステロイドパルス
抗体除去:血漿交換
抗体産生抑制:
免疫抑制薬の維持
 "Rescue"

分子標的薬(リツキシマブ)が有効例の報告もあります。血漿交換治療は多少なりとも身体に負担がかかり、ショックや循環器障害などの危険な合併症の報告もありますし、免疫抑制薬の長期間使用は感染などに十分に注意して、いずれも慎重に行う必要があります。

視神経炎の治療方針

私の病院(近畿大学医学部堺病院眼科)で現在行っている視神経炎の治療方針を述べます(表5)。

1.初診時:全ての視神経炎例の急性発症時(初発・再発)に、MRIで視神経炎の炎症の部位、長さ、程度を確認し、脳内MS斑を検討します。採血して、抗AQP4抗体の有無を判定します。まず第1クール目のステロイドパルス治療を開始します。

2.抗AQP4抗体が陽性の場合:①第1クール目のステロイドパルス治療が有効なら、第2、第3クール目を続けて行い、視機能改善後は免疫抑制の目的でステロイド内服、または免疫抑制薬との併用で継続使用します。②第1クール目のステロイドパルス治療が無効な場合は、直ちに血漿交換治療を行います。次にステロイド内服、または免疫抑制薬との併用で継続使用します。再発防止目的にインターフェロンβは使用しません。

3.抗AQP4抗体が陰性の場合:①視機能回復まで第2、第3クール目のステロイドパルス治療を続け、なお未だ視機能が回復しなければステロイド内服を引き続き行います。視機能回復があればその時点で全ての治療を終了します。②MRIで脳内MS斑の存在や他の神経症状からMSが疑われる場合には、ステロイドパルス治療とステロイド内服で視機能が回復しても、再発防止目的でインターフェロンβまたは免疫抑制薬を使用します。また分子標的薬やFTY720にも期待します。

≪2-①と②が抗AQP4抗体陽性視神経炎の治療、3-①が特発性視神経炎の治療、3-②がMSの視神経炎の治療になります≫

表5

参考文献

中尾雄三、他:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴。神経眼科 25:327―342、2008

三須建郎、藤原一男、糸山泰人:NMOとアクアポリン4の病理的意義。Clinical Neuroscience 26:770-773、2008
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